夫婦、家族〜離婚と生活、人生について考える

夫婦って何だろう、結婚って何だろう、幸せに生きたい〜そんなあなたへの言葉

いつから謝らなくなったんだろう、夫のこぼしたひと言

いつから謝らなくなったんだろう、もしかしたら、いつから謝れなくなったんだろう、かもしれないですが・・

 

ある既婚男性からのお話です

 

幸せになるために結婚したのに、なんだったんだろう・・

特別に大きな問題が起きているわけではないんです でも、妻との関係にスキマ風が吹いています。

 

別れるとか、そんなでもないです。

別れることは現実的に考えられない、それゆえこの小さな距離感、気持ちのズレが自分の心の中に重くのしかかります。

 

どうしても気になるのが、こんな小さなことでと笑われそうですが、と続けられます。

 

いつからかな・・・妻が謝らなくなったんです。

昔は、「ごめんなさい」という言葉があったけど、今はその代わりに「私だって、忙しかったのよ」と出てくるのは必ず「私だって」からはじまるのです。

 

最初は、「なんだよ!」と思ってたのが、そのうちもういいや、と諦めになってしまって、怒りもわかない分 なんとも言えない虚しさで最近はいっぱいなんです。

 

こんな小さな気持ちのズレ、もしかしたら妻は気持ちがズレているとは気づかずにいるかも知れません。

 

今回は、夫側からのお話でしたが、立場が入れ替わっても同じでしょう。

 

 

結婚生活においてお互いの気持ちを尊重しながら過ごしていくことが必要な場面で、パートナーが私のことしか見えてないと、こんなズレが生まれてくるのです。

 

私を大切に生きることがとても大事なことなのですが、それと同じだけパートナーの気持ちを汲むことも大切なのです。

気持ちを汲んでもらえないパートナーは、いつも自分の気持ちを抑えこんでしまいます。そして、言葉を飲み込んでしまう方が自分の中に抑えこんだ我慢する気持ちをどんどん溜め込んでいくのです。

 

日々の小さな積み重ねが、どんどん大きな地雷となってしまう。

「私だって」と言う方も確かに精一杯の日々を暮らしている、どうしてこうなってしまうのでしょう。

 

謝らなくなったのか、謝れなくなったのか・・・謝るという表面的な出来事ではありますが、その奥深さに悲しみもたくさん感じてしまいます。小さな幸せの積み重ねが大きな幸せにつながるのと同じように、小さな不満は、のちの大きな不満へとつながっていくのです。

 

幸せになるために結婚するのに、どうしてこうなるのか・・・

だからこそ、結婚生活とは、幸せとは、一生かけて人生を学ぶことそのものなのかも知れないですね。

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結婚生活の思い出がないと嘆く妻

結婚生活で立ち止まる時、パートナーの不倫問題をはじめとする、夫婦の危機を迎えた時、また大きな問題は発生してなくともこのままでいいのかと思い悩む時、そんなときに振り返る夫婦生活、結婚生活がありますか?

 

過去に頼るわけではないですが、どうしても辛い時支えてくれるのが思い出であったりします。

それは、師匠のブログのこちらの記事でも言われています。

 

思い出の場所、好きだったお店・・・二人の関係が良かった時代を思い出すような場所に出かける・・・

 

二人の関係って・・・いつから、こうだったのだろう

そんな場所があれば、今こんなふうになっていない

思い出すのは、いつも私一人。

 

結婚して、思い出すことはひとりで待つことの繰り返しの生活。子どもを産んでからは、子育てに必死で気がついたらまるで母子家庭のようで、家のこと決めるのも、子供のことも、何から何まで孤独だった私。

「君に任せておくと安心だよ」という言葉を信じていたけど、その言葉に愛はあったのだろうか?

結婚生活を支えていたのは、私の意気込みだけだったの?

 

結婚生活に二人で、という思い出が感じられない、思い出すのは孤独な妻の姿ばかり・・・

 

どうしてこうなってしまったのだろう

あなたのためにと一生懸命、やってきたはずなのに、何がいけなかったのか・・

もしかして、最初から二人で生きてなかったのかも・・・

夫にとっての結婚生活っていったい何だったの?

 

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こんな思いがこみ上げてくるとき、一緒に人生を送るってどういうことだろう、と今になってまた一から考えてしまいますね。

 

せめて、思い出せる過去があれば今を支えてくれるのに・・そんな思いもひしひしと伝わります。

 

こんな虚しさでいっぱいになるときこそ、私はどんな人生を送りたかったのだろうと自分に問うことになります。

その暮らしで満足してた?

その暮らしに疑問ももってなかったのかも・・

その暮らしがある意味心地よいところもあったのかも・・

夫に語りかけること、私もしていたかな・・・

 

認めたくない部分もあるし、より悲しみや辛さを思い出すこともあるでしょう。それでも、そこから今度は私の望んでいる結婚生活がもう一度思い出されます。

 

そう、思い出の場所がない、思い出の出来事さえもない、と嘆いてしまう時、誰にでも思い出せるものそれは私の望んでいたこと、です。

 

どんな結婚生活をしたかったのか

どんなふうに二人の時間を積み重ねていきたかったのか

あなたの思い描いていた暮らし、生き方を精一杯思い出してください。

 

今は、思うだけでも虚しいと感じるかもしれません、それでもその思い描いた風景は、あなたを前に進ませる力を与えてくれるはずです。

 

そして、そこにはこれからの生き方のヒントも隠されているんですね。

 

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辛く苦しい時間が、未来をつくる

夫婦問題をはじめとする様々な悩み、苦しみ もうこれ以上傷つきたくない、こんな思いから早く抜け出したい 辛い時には、こんな思いも抱えています。

それでも、その苦しい時間が人を成長させ、悩まない人よりもずっとずっと明るい未来を手にすることができると、私はそう信じています。

昨日、フィギアスケート選手を引退する浅田真央さんの会見の様子を見て、やっぱりそう感じました。辛く苦しい時間を、どれだけ自分と向かい合うかによって、自分で人生を切り開く選択ができるのです。

 

そして、その先に進む道、これまで歩んできた人生や悩んだ時間さえも全て認めて受け入れることができる・・そこから自分の中に湧き上がる力が、エネルギーが、これからの人生を輝かしいものにしてくれるのです。

 

彼女の表情を見ても、とっても清々しい表情をしていて、その清々しさに、いったいどれだけ苦しんだのだろうと想像せざるをえませんでした。

 

人はそんなに簡単に割り切れるものではありません。なるようにしかならないのが人生だとはわかっていても、そこに身をまかせるだけでは納得できる人生を送れているとは言えないでしょう。

 

苦しさ、辛さを、どれだけ自分の中で向き合うか・・・葛藤するという表現がピッタリかもしれませんね。そして、それまで自分に起きたことにOKを出せるときが、ひとつ山を乗り越えた時といえるのでしょう。

 

不倫問題に悩み、苦しいとき、なぜ私がこんな思いをするのかという、悔しさ、悲しさ、理不尽さを感じるでしょう。そこから、もう一段階深いところへ進んでみてはじめて、私にとってこの問題は何を意味しているのか・・・そこから、葛藤がはじまります。

 

最初の悲しみとの葛藤だけでない、新たな葛藤・・・でも、この葛藤を繰り返すことが自分の苦しみから離れることになるのですね。

 

不思議なものです、苦しみから離れたいと思うだけでは離れられなくて、その苦しみを葛藤として受け入れることで苦しみから離れるとは・・・ですね。

 

苦しみ、悲しみを味わった人には やさしさが生まれます。痛みを知る人は、心が大きくなります。やさしさと大きな心を手にいれたあなたにとって、これからの未来はきっと輝く時間が訪れることと信じています。

 

夫婦問題の解決の道が、修復であっても、離婚であっても、そして仮面夫婦であっても・・・どんな道でも、清々しい心で選択した道は、あなたを勇気付けてくれるにちがいないとも思っています。

 

そして、そんなあなたの悩みを抱える人生をサポートできるカウンセラーでありたい、そうも強く思うのであります。

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悩みの意味を感じるのは、悩みから少し離れた時にはじめて感じるものでしょう。その渦中にいるときは、人生がずっとそんな時間のように感じるものです。でも、明けない夜はない、抜けないトンネルはない、多くの悩みを抱える人を見てきてそう思います。

 

ただ、やみくもに時間がすぎれば夜が明けるのではないということも事実なのですが・・・ね。

 

不倫終結、夫婦修復は誰との戦いなのか

不倫問題に向き合う時、悩む時、いろんな意見を欲しくなります。自分の思いを受け止めて欲しくなります、それと同時にこの悩みから離れるための道筋がほしい、どうしたらいいのか教えて欲しい。それが一番の悩みであるかもしれません。

 

そんなとき、よくあるのが妻は戦わねばならない!というモード、もちろん戦いではあるでしょう。でも、サポートする側として戦いという言葉に対して私は違和感を感じずにはいらません。

 

戦うって いったい誰と戦うのですか?もちろん不倫女性? いえいえ 不倫をした夫?あなたが戦ってその後に手にするものは何でしょう?

 

戦うということのその後にくるものは 勝利敗北

結局、勝つか負けるかということを求めていくしかなくなるのです。

 

そもそも戦って修復できるの?勝てばそこに幸せがありますか?勝つことの裏側には、必ず負けるということがあるのです。

妻が勝てば、それで修復できますか?

夫の心は取り戻せますか?

負けた夫と幸せになれるでしょうか?

 

あなたが望むものは何なのでしょう?

しあわせな暮らし、夫婦での笑える時間、お互いの存在を認めあえる気持、私自身も認められる喜び、そして生きている喜び。

それが戦いから得られるものでしょうか・・・

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あえて戦うと言うのなら それは闘うと言いたいです。

その相手は他者ではなく自分自身の心の中にある、いろんな葛藤との闘いであるのではないでしょうか・・・

修復したい、と強く願う時 どんなふうに夫と暮らしたいのか、どんな人生を送りたいのか、そしてそのために必要なことは何なのか・・・

夫を許せるのか

私の願いを伝えられるのか

私のこだわりは何なのか

私の寂しさはどこから来たのか

夫の罪はどこから始まったのか

その源は、何があったのか

 

不倫という事実から、離れたところにある大きな本質的な問題。ここを避けたままでは、結局は形だけの修復となるでしょう。そして、また繰り返されるかもしれない不倫

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決して、全面的に許しましょうということではありません。

問題の表層ではなく本質にたどり着いたとき、はじめて夫の心を垣間見たと言われるものです。

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北風と太陽のお話はよく知られていますね。

戦うことは北風のようなもの、自分の心を見つめることは、結局パートナーである夫の心を見つめることにつながるのです。それが自己との闘い・・・不倫相手や夫との直接的ではない闘い、太陽のような攻め方になりますね。

 

修復するなら、幸せな修復、喜びのある人生につなげてほしいと願わずにはいられません。

 

ただ、まずは形だけでもいいのです、今は勝ち負けに拘りたいのです。そのために夫を取り戻したいのです。ということも修復の中ではひとつの段階としてはあることだと理解しています。そこからもう一歩踏み込むのかどうかということも言えるのでしょう。

愛され上手の愛し下手、愛し上手の愛され下手〜あなたはどちら?

世の中には、愛され上手という言葉が似合う人います。

それは、決して見た目がどうのこうのということではなく、愛されるべきキャラクターを持った人です。

 

あなたのまわりにもいませんか?

同じことでもなぜかその人だけは特別扱いになるんだな〜という人、

失敗しても許される、困った時は人が助けてくれる、いわゆる末っ子タイプと言われる人が多いでしょうか。

 

愛され上手、好かれ上手、という人は 感情の表現が得意です、レストランでお料理を運んでもらったときに さりげなく「ありがとう」と言えたり、自分の失敗も「ごめんなさい」とすぐに言えたり、いわゆる素直なタイプともいえるでしょう。

感情の表現が苦手な人からみれば、それが世渡り上手と見える一面にもなりますね(苦笑)

 

そして、その逆のタイプ

愛されることはどうも下手なんだけど、愛することは上手なタイプ、末っ子タイプに対して長男・長女タイプになるでしょうか。

人のお世話をすることが好き、先回りしていろんなことをやってしまう、私が我慢すればという意識も強いので、我慢強く粘り強い一面はとても評価されるのですが、その反面満たされない思いは自分の中に鬱積していきます。

 

愛され上手な人は、いつも人に愛されることが日常で当たり前にあります。だからこそ、「愛されている」ということに気づきにくいということがおきます。

その愛があって当たり前の状態、親から上司から友達から後輩から慕われていることがいつも普通にあるのですから・・

だからこそ、逆に愛を与えることを自分からしていますか?

受け取り上手ではあるけど、与え下手ということが起こりがちになります。

 

逆に、与え上手になっている人は、与えるばかりで受け取ることができなくて 自分の中に満たされない思いが大きくなっていきます。そして、その思いも得意の我慢で乗り切ることが多いのでしょう。

その感情さえもまた自分の中にしまいこんでしまう。だから、愛されてないのかも・・という不安も生まれます。

 

受け取りたくても、受け取る愛が私にはいっつもないんです。という方も多いです。

こういう人は自分から甘えること、人に頼ることをあまりしないタイプですし、褒められても謙遜したりします、褒められたことを素直にうれしいと表現してみましょう。

困った時ひとりで頑張らないで助けて、と声を出してみましょう。きっと自分のまわりの景色が変わるかもしれません。

 

愛されること、愛すること、どちらもバランス良くできるといいのですが、

どうしても人は得意な方が強化されてしまいます。そこで起きる自分のタイプの癖が相手との関係を、ギクシャクさせてしまうのですね。

 

人間関係が、なんだかぎこちないと感じた時、私はひとに対してどうしてるかな〜、

愛を与えること出来ているかな〜とか、受け取ること苦手にしていないかな〜と

ちょっと振り返ってみるのもいいかもしれません。


もちろん愛され上手の愛し上手となれるに越したことはないですけどね
それは大切なひとだけでも十分かもしれませんし、それさえも難しいのが人生というものかもしれません。

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