納得しても心の傷みがなくなるものではない
夫婦問題の解決方法として、夫が不倫を反省し妻の元に戻る、
そして再構築した家庭、夫婦というものが以前とはまた違ったものに変わり、新しく生まれ変わる、再生するというのでしょうか、そんなふうにストーリー通りに運べばいいのですが、そうならない時だってある。
どんな結果になったとしても、
その結果が 私が納得できること、納得できていることがとても重要なことですよね。
ただ、そうはいっても・・・
十分納得して出した答えであっても、やはりそこに別れが伴う結果には、痛みが存在するのは事実です。いくら納得して離婚という選択をしたとしても、それで傷みがないか といえば そんなことはないのです。
離れるしかなかったけど そうわかっていても
なぜ離れなければならなくなったのか と思う気持ちや
そこに対する悲しみ傷みは消えるものではありません。
いっそ別れたくない、と言い続けられたらどれだけ楽だろう
(楽な訳はないことはわかるのに・・)
頭でこの状況を冷静に受け止めることができているからこそ、
もうこれ以上この人と人生を共に歩むことはできない、
私自身、子供のためにもこの夫といるわけにはいかない、
その方が幸せになれるはず、そう痛いほどわかっている。
それでも、やっぱり心の痛みは現実に存在する、
やっぱり優しかった時のこと、幸せを感じていたときのこと、
それは確実に私の記憶の中にあるから、そして別れを受け入れることは、
その記憶まで否定してしまうことになりそうな気持ちになるから・・・
だから、複雑で 離婚しかないとわかっていても、
心がざわつくのは、私自身の気持ちを感じる心の中と現実を感じる心という2つの心が葛藤するからなのでしょう。
この2つの心が融合し、統合し、本当に現実を受け入れられると
ほんの少しは穏やかな気持ちになれるものかもしれません。
そうは言っても、人の気持ちはコントロールできないものだし、
ふとした瞬間に いろんなところに引き戻されることもあります。
だからこそ、痛みはあって当然なのだ、ということですよね。
ただ言えることは、「それでもあなたは前に進んでいる」
それがあなた自身の人生を幸せにする礎になっているのです。
自分の幸せに向かって生きている、そう信じてください。
そして今も襲ってくる、辛い気持ち ブログ記事を読んだり、カウンセリングを受けたり、好きなことへの気持ちを少し傾けてみたり、何かの行動があなたを助けてくれることになればと願っています。
「納得」がこれからの人生を豊かにする
いつだったでしょう、以前、乳がんの女性外科医さんをNHKのプロフェッショナルでやってました。その中で言われた「『納得』がこれからの人生を豊かにする」という言葉が印象的でした。(全く同じだったか少々曖昧ですが・・)
治療方針、方法を医師が決めるのではなく、患者自身が選び取ることの大切さを言われてました。人からみたら、特に医師から見れば大切にしたいことと患者さん自身が大切にしたいことの違いがそこにあるのでしょう。最近は特にQOLといって人生の質を問うことが大きくなっていますから・・
「『納得』がこれからの人生を豊かにする」
夫婦問題にたち向う時、いつもお伝えしていることと通じているように感じます。どんな人生の選択をしても その選択を自分で決めて自分で選び自分で進む・・・それが、これからの人生をどれだけ豊かに生きていけるかということですよね。
そのために必要なことは、時間であったり 待ちであったりするわけです。法律の専門家、心の専門家が思うことがあったとしても、一番大切なものは 相談者さん自身なんですよね。私たちが伝える言葉や情報を元に どう判断するかは 自分自身であるわけです。
だからこそ、いろんなタイプのカウンセラーが存在します。どの方法がよくて、どのやり方が間違っているなんて 誰も言えないのです。どの方法も必要な人にとっては必要であるのです。そして、ジプシーのように彷徨うことだって 人はやってしまう。その繰り返しや、積み重ねから 自分にあった解決方法にたどり着くわけでしょう。最初から自分に一番ピッタリあうカウンセラーに会えればそれはそれで いい出会いな訳ですが、そうじゃなかったとしても それが無駄だったわけではない と私は思います。
納得するために、必要なものに時間というものも大きく影響するとも思っています。時間の経過とともに、自分に必要なものが変化もするし、明確にもなってくることでしょう。そして最後は決断〜覚悟〜ということになるのかな とも思えるのです。
大切なことは夫とこれからの人生を どんな形で歩むのか、ですね。
男は勝手な生き物〜いつも自分の都合で生きている夫をどう受け止めるのか
入学・入園や進級などのお子様に関するイベントのある時期、そのイベントのことを考えるとまた気持ちが揺り動かされる・・・しんどい季節でもあることでしょう。
年度末の発表会など、夫婦で参加できたりできなかったりで複雑な気持ちになることも多いものです。
ただ、この時期のイベントが逆の効果として気持ちを落ち着かせてくれる場合もあるようですが、(今日は父親として、そばにいてくれているという)どちらにしても行事、イベント、という出来事を通して事態が動く、気持ちが変わる、気持ちに気づく、そんなことが起こる時期でもありますね。
男の身勝手さ・・・特に不倫をした夫の言い分には身勝手としかいえないものをつくづく感じることでしょう。
この身勝手さ、不倫をしたからという面もあるでしょうが 元々もっていた身勝手さがより巧みに言葉を操っている、そんな人もあるでしょう。
不倫をしたから、より言葉巧みになった 言うことが全て正当化している。でも、それは以前からあったことかもしれない、自分を正当化する 自分の都合で家族をふりまわす。
家族のために、いろいろ考えているんだから、妻のために考えてやっているんだからというけれど「それ 本当に考えた行動ですか?」と妻は言いたくなる・・・こんなことは結婚生活の中で本当に多くあることでしょう。
ただ、それが不倫問題を通して より一層 自分の都合だけで生きているように見えることから感じる妻の虚しさ、残念感は本当に深い悲しみになるのです。
この夫のご都合主義が、この時期にまた感じるのです。
イベントごとの多いこの季節、
ふと突然父親らしく振舞ったり、
夫としての態度を強く見せたり、逆に急に優しくなったり・・・
いったい何を考えているのか、本当の狙いは何なのか・・と勘ぐりたくなることでしょう。
この時に、問われる自分自身の心・・・
どっちが本当の夫なのか、
この姿を信じていいのか、
絶対許さないと心に決めているんだから、
こんな勝手なこと許さないどころが腹立たしい!
いろんな感情が出てくることでしょう。
身勝手に見える行動、夫自身は深く考えていないことも多くあります。だから妻としてはよけいに腹立たしく感じるのです。もっと考えてよ!もっと考えたらこんな行動にはならないでしょうに!
でも、何も考えてないようでも突然でも夫の中には確実に家族が存在しているということは事実なのです。
そこをどう受け止めるのか・・夫の行動を、いかに今の家族にとって意味のあるものにするのかが妻にかかっているともいえるのです。
勝手な行動のようだけど、家族を思ってくれたことを受け止めるのか、やっぱり今は違うでしょうと言いたいか・・・。そこは夫婦それぞれのタイミングや状況によってその意味を見極めることが大事になってきます。
あなたの夫の身勝手な行動は、あなたの目にはどう映りますか?
あなたの心の状態によって、きっと違ってくるのでしょう。
この身勝手さ、妻に対してだけではなくきっと不倫女性に対しても同じように現れているとしたら・・夫を、どこまで受け止めることができるのかを試されているようにも感じます。
夫婦にとっての正解は、あなたの正論じゃないかもしれません〜正論が人を傷つける、正論が正解じゃない
「正論が正解じゃない」
正しいことは世の中にたくさんあります。
そして正しいことは、正しいし何も間違ってないのです。
でも、人の幸せがどこにあるのかと言えば それはまた違う問題だということ。
正論ばかりをかざしていても、それが人の幸せにつながるかというと そこはどうでしょうか、というお話です。
どうしてかというと・・・
正論というのは、ものごとの一面からしか、一方向からしか見えていない捉え方なのです。だったら間違っててもいいんですか?間違いを正さない方が幸せになるのですか?となりますよね?
これこそが一方向からしら見えてない捉え方であり、正論でものごとを捉えていることに他ならないのです。(わかりますか?)
ものごとには、いろんな面から見える風景があります、
多面体な面をどれだけ見ることができるのか それが幸せをどれだけ感じられるのかということにもつながります。
正論じゃないけど、これもありなのかな という心の余裕が幸せにつながるとでもいうのでしょうか・・
正解というものは、人によって様々なものであるものです。
これが正解だ!という捉え方こそ 正論で捉えるから そうなるのです。
これが正解に違いない!という概念です。
極端に言えば、国が変われば文化・常識も変わる
そうなると・・何が正しいのか 絶対的なものって何だろうとなりますよね。
そんな中で 絶対的なものといえば やはり人を愛する気持ちになるのかな〜なんて思えます。そして、どれだけの幸せを感じられるのかは その幸せを感じる力も大きいのです。小さなことにも喜びや幸せを感じられるか、ということにもつながるのかな・・
正論が正解とは限らない〜これ、きっと夫婦関係の中にもたくさんあるような気がします。(いえ、ありますよね)
決して、うやむやにしましょう、とかそういうことではないのです。
どれだけ いろんなことを許容し 受け止めることができるのか そして心を大きく拡げて生きていけるのかということにつながっているように思えてならないのです。
結婚って好きとか嫌いとかじゃない世界
結婚って好きとか嫌いとかの向こう側にある世界
そんなことを、とあるドラマの中で聞きました。
まさに、その通りだよね、という気持ちになりました。
好きで結婚して、もう好きじゃないから別れる・・・確かにそれはある意味その通りだし、自分の気持ちに正直に生きたい、とかいろんな見方もあり それが間違っているとも言えません。
でも、結婚っていうのは恋愛と違う何かがあるのです。
それが紙キレ一枚のことだ、という人もいるかもしれない
それが生活のためのだ、という人がいるかもしれない
それが自分の保身のためだ、という人もいるかもしれない
でも、それだけで語れない何かがある
そんなに簡単なものじゃないといつも言い続けているのですが、まさにそれが好きとか嫌いの向こう側の世界にあるものだからなのでしょう。
もちろん嫌いになった人と ずっと結婚生活を続けましょうという意味ではありません。でも、嫌いになっても離婚を決断できないでいるその理由であったり、もう気持ちなんてわからないなんて状況でも、どちらかという選択がしきれずにいる、やっぱり別れたくない、そんな理由になるものなのかもしれないと思うのです。
どんな状況の人にとっても しっくりくる言葉 それがこの
結婚って好きとか嫌いとかの向こう側にある世界 という言葉なのかもしれません。